お墓がない

お墓の悩み

今回は、現代の切実な問題である「お墓がない」をテーマにお話をしたいと思います。どうぞお付き合いのほどよろしくお願いします。
 
「お墓がない」 どうしよう?
 
人は必ず死にます。
日本では死ねばほとんどが火葬にされお骨になります。
 
お骨になれば、納まるところが必要になります。
つまりは、「お墓」
 
その「お墓がない」となれば、たいへんです。
 
かつて、お墓がないことをテーマにした映画がありました。
その名もずばり『お墓がない!』
 

 
原隆仁監督作品で、岩下志麻演じる大女優・桜咲節子が
お墓さがしに悪戦苦闘するというストーリー。
 
自分がガンであると勘違いをしてしまった桜咲節子。
余命幾ばくも無いとあせります。
ところが、自分にはお墓がない。
 
お墓がないと忘れられてしまう。
そこであせってお墓業者とともに、撮影そっちのけで
お墓さがしの旅に出てしまうというコメディ映画でした。
 
結局、苦労のすえ出した結論が
 
「お墓はいらない」
 
「送る人と送られる人の心の通い合いが大切」でした。
 
「心の通い合いが大切」それには同感。
 
が、しかし「お墓はいらない」はいただけません。
 
なぜなら、その大切な「心の通い合い」はどうしたらできるの?
ということが問題になるからです。
 
なるほど「お墓がない」としても
特に気にすることもなく
私たちは毎日、毎日、忙しい、忙しいと日々を過ごしています。
忙しい毎日のなかで、大事なことを忘れていってしまいます。
 
忙しい・忘れるの字は心を亡くすと書くとはよくいったものです。
心を亡くしてしまっては、「心の通い合い」などできようもありません。
 
お墓には、いくら忙しい日々に埋没しそうになっても
「そうだ、お墓まいりにいこう!」という気持ちをおこさせ
決して私たちに真心を忘れさせない、そんなはたらきがあるのです。
 
「お墓がない?」
だったらお墓なんかいらない。
今は散骨もありでしょ。
海や山に散骨して、自然に対して手を合わせればいいじゃないの。
「お墓がない」としても問題なし!
 
そんな声が聞こえてきそうです。
 
たしかに仙人ともなれば、川や海、空や大地に溶け込んで
その大いなる自然の営みのままに心を通い合わせることもできましょう。
 
しかし
私たち凡人は広い空間に手を合わせ真理をさとれるほどの器量がありません。
 
人間はかたちあり、限りある存在です。
 
そんな有限である私たちが無限の世界を知ろうとするなら
かたちあるものを通さずして無限に出遇うことはないのです。
 

 
かたちのあるお墓は、亡き人との心の会話を通して
自分の本当の心を回復するための人生の道しるべとなります。
 
そして自分も未来の人たちに生きる力をあたえる、そんな場になるのです。
 
「お墓がない」というのは大問題です。
 
しかも誰もが、本当はお墓は大事だということはわかっているのです。
心が大切なのもわかっています。
お墓はいらないなんて心の底から思っている人はいないのです。
 
なのになぜ
「お墓がない」→「お墓はいらない」となるのでしょう?
 
それはとても悲しいことです。
 
今、生きているこの時に
お墓について色々と考えてみることは大切です。
 
證大寺には、「お墓がない」という不安を解決した本当のお墓があります。
 
「お墓がない」どうしよう?と思われた時は
私たち證大寺に相談してください。
 
あなたの生きた証が決して忘れられることなく相続されることを願っています。

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