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浄縁墓ができるまで

納得ある永代への道のり

少子高齢化で、お墓の維持継承が問題となっている現代。
共同墓地(永代供養)の必要性から、我が寺院で早10年前には計画がありました。
しかし、想いを込め、納得感を追求するあまり、果てしない道のりに・・・。
その分、得難いご縁を得て、想定以上の結果となりました。

證大寺・住職 井上城治

「住職、私が死んだらお墓どうしよう・・・」

発端は、うちのお寺で運営している霊園(昭和浄苑)のお墓、一般的な家族墓をお持ちの方達から、こんな悩み相談が増えてきたことでした。
「今、うちのお墓には主人が入っているけど、私が入った後、維持する家族がいないの。どうしたらいいかしら?」
「もうお墓を維持できない。そうしたら今のお墓を終わらせて、どこかへ移すしかないの?でも無縁墓は、抵抗があって・・・。」

少子高齢化、核家族化などから、こうしたお墓の維持継承に困難な問題が続々と出て来ていたのです。

であれば、無縁墓にならないためのお墓を作ろう、環境を変えずにこの霊園(昭和浄苑)内で移せるように、と考えました。
しかし、「ここなら移して良い」「移されて良かった」と納得頂けるものでなければならないとも考えました。

オリジナルを作ろう

どのようなものを作ろうかと、まずは既存の共同墓地の比較調査を行ったところ、100ページを超える膨大なレポートが上がってきました。
しかし見えた実態は、霊園事業者の都合で出来ているお墓ばかりということでした。

なにより、私自身が入りたいお墓が一つもなかったのです。

そこで、これまでにないオリジナルを作ろうと決意しました。
本当に自分達が入りたいものを、本心から親を入れたいもの作ろうと!
入った人の笑顔、入れた人の笑顔を最終ゴールに据え、「この永代を選んで正解だったよ」となるように・・・。

長い道のりが始まります。

永代1000年へ

想い巡らし、練り、また練り直し、と・・構想に3年を費やしました。
従来の共同墓地や無縁墓と同類化されていた永代供養墓から、大きく昇華させたものを目指したのですから。

「永代・・・ならば1000年が決まりだ!」
「1000年の永代・・・ならば1000年の作りを!」

お寺は歴史があるから、1000年、永代は約束できます。
問題は、私の想いを、1000年の仕事を、託せる作り手が見つかるかということ。
ダメ出しをした墓石業者は数社にのぼり、2年近くが過ぎて行きました。
「墓石関係者はどうも違うのではないか・・・だが、一体誰なら?」

そうして、決意から5年が経ちました。

石彫家と、千年の石と

ついにご縁が巡って来ました。
私の想いと1000年の仕事を託せる人が現れたのです。
石彫家・いずみ先生。
イサム・ノグチのパートナーを務めて来られ、同氏の創造精神を今に受け継ぐ方です。

着手にあたり、想いを語られました。
「命の循環が石。
だから、自然の石に手を加えない。
命の循環が在るように、1000年、そして永代に・・・。」

先生はまず、荘厳な自然石を手配されました。
「千年使うものだから」と、美術館行きを決めておられた石の中から、最高のものを譲って下さったのです。

こうして、千年の石を据え、船橋と森林公園(埼玉)の2か所で永代供養墓は作られていきました。
浄土のご縁のお墓に
いずみ先生は永代の場所に、各園の一番奥と一番高い丘を選ばれました。
「参道を歩いて行くうちに、故人にお参りする心が作られるから」と。

霊園内の一般墓から、自然石が見えるように据えられました。
「磨かれ刻まれた墓石たちが、『石』だと思いだすように」と。

作るに際して、私はある条件を付けていました。
触れるお墓、拝むだけでないスキンシップのあるお墓にして欲しいと。
それも叶いました。
触れると、自然石ならではの温かな感触があります。
まるで、懐かしい故人と触れあうようです。

このように出来上がった1000年の永代供養墓。
生きている人のために、故人への心を作り、想い、触れられる。

結果的に、故人を永代に祀るだけでなく、浄土とご縁をつなぐ場になったのです。

浄土のご縁のお墓・・・その名を「浄縁墓」としました。